『火垂るの墓』に登場するおばさん。
作中では清太と節子を追い出して、その死の原因を作り上げた悪者のような印象を受ける彼女ですが、大人になってもう一度映画を見ると印象が大きく変わりました。
今回は、『火垂るの墓』のおばさんのその後はどうなったのか?本当に悪い人だったのか?ということについて考察したいと思います。
目次
おばさんは本当に悪い人なのか?
おばさんが悪い人だと言われる点についてまとめてみました。
- 母の形見の着物を売ったお米を自分の家族のために使う
- 他の子は白米を食べているのに、2人に雑炊を食べさせる
- 幼い清太と節子に嫌味を言う
- 2人に自炊をさせ、ご飯を別にする
物語終盤、おばさんの対応に耐えかねた清太は家出を決意し、それが節子の死へと繋がります。
おばさんが直接的な原因ではないにしろ、悪い人であるという印象を持たれても仕方がない描写がされています。
おばさんの立場から考える
逆に上の事象をおばさんの立場から考えてみましょう。
すると、今までとは変わった印象が出てきます。
母の形見の着物を売ったお米を自分の家族のために使う
まず、母の着物を売ることには、清太は同意をしています。
節子は母の着物を売ることを拒絶しますが、清太は白米を節子に食べさせたい一心で着物を売ることを決めます。
しかし、2人のものであるはずの白米は、しばらく経つと、働きに出るおばさんの家の人のお弁当に使われており、2人は雑炊を食べることになってしまいます。
おばさんの身勝手な振る舞いに怒りが湧くようなシーンですが、実は清太はおばさんの家にお金や食料の提供は一切していないのです(住み込み時には提供していますが)。
火垂るの墓のおばさんの、あの嫌な感じは見ていられない。おばさんも生きるのに必死なので、自分もあのおばさんと同じ行動をしかねないと思うと、さらに嫌な気分になる。
— Yash_san🤔 (@yash_san) 2018年4月8日
他の子は白米を食べているのに、2人に雑炊を食べさせる
前提として、白米を2人に食べさせていない訳ではなく、さらに、節子はおかわりまでしているシーンがあります。
そして、雑炊を食べるシーンではおばさんも雑炊を食べており、2人に対しての嫌がらせ目的だけではないことが見て取れます。
着物を売る打診をするシーンでは、清太達が身を寄せてから10日ほど経っている描写があり、着物を売ってからの期間を考えると、2週間ほど経過していると考えられます。
2週間、家の手伝いもしない食い扶持が2人分も増えるとなると、家計の圧迫は計り知れないものがあります。
おばさんからしてみれば、白米を家賃として徴収することは仕方がないことでしょう。
しかし、それを清太にしっかりと説明せず、嫌味を言うおばさんにも責任はあり、当時の殺伐とした時代背景を感じさせられるシーンです。
火垂るの墓ってさ泣けるって言われるけど泣けない、てか嫌い。
あれってさ、兄が甘やかしてたのが全部悪いよね。妹もワガママだよね。
戦争中って考えたらさ、おばさん変なこと言ってないよね。たまに毒吐きます、ごめんなさい
— 茶子*プレゼント企画抽選中につきアイコン変更中 (@eiFvzCibYbuQvn6) 2018年4月6日
幼い清太と節子に嫌味を言う
先ほどの着物の件と内容は少し被ります。
やはり、清太と節子が何もしないことが一番でしょう。
家の手伝いは何もせず、ご飯の無心ばかりする他所の子を考えたら、ストレスがたまるのは仕方がないことです。
劇中でもおばさんは嫌味っぽくも、正論を清太にぶつけています。
また、劇中からは読み取りづらいですが、清太は父が海軍大佐であるエリートのお坊ちゃんです。
そのお坊ちゃんにとって雑炊は不満であり、さらには働くという思考には至れなかったのでしょう。
両者のすれ違いが悲劇を招いたと言えます。
【正論と言われるおばさんのセリフ】
清太さんな
あんたもう大きいねんから 助け合いいうこと考えてくれな
あんたらは お米ちっとも出さんと
それで御飯 食べたいいうても そらいけませんよ
通りません
大人になると火垂るの墓見て「おばさんは至極当然のこと言ってるな……」ってなったり、魔女宅見て「嫌いな食べ物送られるの辛いよな……」ってなったりハリポタ見て「お父さんの性格もだいぶキッツイな……」って思ったりするので子供の頃に当然に見てたものを見返すと面白いよ
— 筒安@村焼き党(村焼かれではない) (@tutuyasu) April 3, 2018
2人に自炊をさせ、ご飯を別にする
これも働かずに都合のいいときだけ「自分たちの白米」と主張したおばさんの怒りが見て取れます。
さらには、清太は当時高価だった七輪を用いて自炊をしており、これにはおばさんも「あてつけ」と不満を漏らしています。
さらにここで問題となるのが、清太たちの自炊の後片付けをしてくれているのはおばさんであることです。
おばさんは「後始末だけは気をつけて」と助言をしているのにも関わらずです。
自炊をするのも庭・食器もおばさんの家のものと結局は頼り切りの癖に、態度だけは立派な清太に見ているこっちもイライラしました(笑)
おばさんのその後は?
実写映画版ではおばさんのその後が描かれています。
清太と節子が家出したことに責任を感じたおばさんは2人を探しに行きます。
そして清太が持っていたドロップ缶を見つけて彼らの死を悟ります。
その後、おばさんはドロップ缶を持ち続け、自らの責任を忘れずに生きたことが示唆されています。
後付設定っぽいですが、清太の立場から描かれたアニメ映画版とは打って変わって、おばさんにスポットライトが当てられており、大人向けの描写となっています。
高畑勲さん、「火垂るの墓」について。「観客には、自分もあの(幼い兄妹に嫌みを言う)おばさんのようになってしまうことを恐れてほしいのです。配給で食糧事情が厳しい中、当時の人たちが、現代のように誰に対しても平等に接することができたでしょうか」(信濃毎日新聞2017年7月24日)
— 憲法かえるのやだネット長野 (@yadanetnagano) 2018年4月6日
まとめ
- おばさんの言い分にも一理ある
- おばさんはその後も生きている
- おばさんは2人を追い出してしまったことに責任を感じていた
以上、『火垂るの墓』のおばさんについての考察でした。
清太とおばさんのどちらが悪い、ということではなく殺伐とした当時の時代こそが一番の原因であると言えるでしょう。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました!
内容は面白かったです。
面白いので、誤字は直した方が良いかと思います。
失礼しました。