空飛ぶタイヤ赤松運送のモデルは?運送会社は廃業している?

2018年6月に公開の映画『空飛ぶタイヤ』池井戸潤原作の作品です。

池井戸潤は「半沢直樹」シリーズのヒットによって、もはやお茶の間にも広く知られることになりました。

『空飛ぶタイヤ』は実話をもとにしたシリアスな作品となっており、小気味よく痛快な展開を期待した「半沢直樹」ファンの方はびっくりするかもしれません。

今回は、『空飛ぶタイヤ』に登場する各モデルについて、調査結果を共有したいと思います。

※この記事は作品のネタバレを含みます


空飛ぶタイヤのモデルは?

事件のモデル

2004年に起こった「三菱リコール隠し事件」がモデルとなっています。

物語冒頭の事故は2002年の「横浜母子3名死傷事故」がモデルです。

綾瀬市の運送会社が三菱ふそう製のトレーラーを運転していた際、突如タイヤが外れ、道を歩いていた親子3人に直撃、母親の方が亡くなりました。

この事故は作品タイトルの由来にもなっています。

事故に対して、グループ会社の三菱自動車工業は運送会社側の整備不足として、自社の非を認めませんでした。

作品のあらすじと全くと言っていいほど同じですね。

ホープ自動車のモデル

モデルとなった事件の項でも触れたように、三菱自動車がモデルとなっています。

作中でもグループ企業のホープ銀行が登場するように、大きなシェアを持つ企業であることが表現されています。

全国民から信頼される大企業がエンドユーザーに罪を押し付けていた、という事実は当時大きな衝撃を与えました。

赤松運送のモデル

主人公でもある赤松運送にもモデルとなった運送会社が存在します。

神奈川県の綾瀬市に過去存在した会社で、現在では廃業となっています。

会社名は報道で非公開となっており、不明です。

個人経営のあまり大きく無い運送会社で、作品内の赤松運送と同じ、もしくはそれより小さい会社だったと推測できます。

実話との違いは?

作品の結末

『空飛ぶタイヤ』ラストでは、家族の絆や信頼を守りきり、ついにホープ自動車の悪事を暴いてハッピーエンドに終わります。

登場人物についつい感情移入してしまう、池井戸潤の描き方もあり、長きに渡って赤松と一緒に鬱憤をためて来た読者にとっても、痛快であり、感動できる展開で評価も高いです。

では、モデルとなった事件の結末はどうだったのでしょうか?

運送会社の苦しみ

モデルとなった運送会社を経営していた男性への事件当時の風当たりは激いものでした。

家に「人殺し」などといった罵言が書かれた張り紙や無言電話がかかってくるなど、家族にも苦難が降りかかりました。

廃業ギリギリで勝利をもぎ取った赤松運送とは異なり、汚名を着せられた彼は最終的には廃業に追い込まれています

三菱ふそうが非を認めたことで、世間からの目は無くなったものの、家族が過ごした2年間の苦しみや、そして事故を起こった自責の念が失われることはないでしょう。

遺族の無念

最終的には三菱ふそうが罪を問われたものの、被害者の遺族の方は「罪が軽すぎる」と悔しさをにじませていました。

報道で取り上げられた「横浜母子3名死傷事故」以外でも、「山口トラック運転手死亡事故」と呼ばれる死亡事故がもう1件起きています。

他にも、74万台以上のリコール隠しが発覚しており、その品質の悪さによる被害者は明らかになっていないだけでも多数います。

大企業の持つ力

作品では、ホープ自動車に勝利して終わるため、後味がよいですが、現実では少し違います。

結局のところ、三菱グループは今も変わらず存在しているわけです。

しかし、三菱グループが無くなっても良いのか?というと、そうでもありません。

我々も、日頃から三菱グループが提供するサービスを享受しているからです。

「私も亡き妻も願いは一つ。もう二度とこのような悲惨な事故を起こさないで下さい」という遺族の言葉が、全てを物語っているのではないでしょうか?

まとめ

  • モデルとなった運送会社はすでに廃業している
  • 実際の事件はいたたまれない結末である

以上、『空飛ぶタイヤ』のモデルについてのまとめでした。

実話をもとに作られた作品なだけに、気になる方も多いのではないでしょうか?

>>映画空飛ぶタイヤは実話?モデルとなった三菱自動車のリコール隠しの真相は?

最後までお読みいただき、ありがとうございました。