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女子相撲での土俵入りは大丈夫なの?女人禁制の歴史は江戸時代には無かった?

2018/04/07
 
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京都で行われた大相撲の春巡業「舞鶴場所」、そこで挨拶をした多々見良三市長が倒れる事件がありました。

それだけでは話題にはなりませんが、今回の事件の問題は、市長を救助に入った女性に対して行司から「土俵から降りるように」とのアナウンスがあったこと。

この行為が「人名よりも伝統が大事なのか?」といった批判の対象になっています。

これは土俵は女人禁制という相撲の伝統に倣った発言ですが、本当にずっと続く伝統なのでしょうか?

そうであるならば、女子相撲という行為自体が禁止な気がします。

 

今回は女子相撲での土俵入りは大丈夫なのか、という疑問から、土俵の女人禁制の歴史について紐解いていきたいと思います。

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女子相撲での土俵入りは大丈夫なの?

実は、女子相撲は相撲ではないんです。

もともと女子相撲は、日本相撲連盟が相撲をオリンピックの競技にするために作った競技なんです。

オリンピックの種目に選ばれるには、女子にも普及しているスポーツである必要があります。

そのために、仕方なく作った競技というわけです。

しかも、女性の土俵入りを否定する文化があるように、女性の相撲にも批判が集まることを危惧した日本相撲連盟は、相撲ではない競技「新相撲」として女子相撲を設定しました。

要するに、女性に相撲を普及させたいわけではなく、都合の良いように女性を使うために作られた競技という訳です。

女人禁制の歴史

女人禁制は明治時代から?

実は、女子の女人禁制は明治時代後期に生み出されたもので、古来から伝統ある文化ではない、ということが噂になっています。

「相撲は神事であり、土俵は神聖な場所で女人禁制」と謳っていますが、その実は相撲の地位向上を目的として生み出された新しい決まりだったのです。

要するに、「上半身裸で女性が組み合うのは恥ずかしいからやめよう」という相撲協会のエゴであるという考え方ができます。

実際に歴史文献に初めて相撲が登場するのが「日本書紀」における女相撲であり、国技館の前身でる本土俵・回向院でも女相撲が行われている事実があります。

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江戸時代には女相撲が行われていた

写真引用元:http://blog.livedoor.jp/misemono/

江戸時代には女性同士・女性と盲目の男性が組み合う女相撲という見世物が流行っていました。

目が見えない男性を女性と戦わせるなんて、今の相撲からは存在できないですよね?

過去の相撲はこうした見世物としての色が強く、それを危惧した相撲界が、明治時代後期に女人禁制による地位向上を図った、という筋書きです。

女相撲と女子相撲の違い

厳密に言えば、女相撲と女子相撲には明確な違いがあります。

それは、相撲であるかないか、ということです。

女相撲は見世物としての色が強いながらも、「相撲」として文献では伝えられています。

女子相撲は先述の通り「新相撲」という競技の扱いであり、「相撲じゃないから神事じゃないし、土俵に上がっても良いよ」という訳です。

まとめ

  • 女子相撲は相撲じゃないから土俵入りしてもOK
  • 女人禁制は明治時代に作られた虚構の伝統
  • 江戸時代までは女も相撲を行っていた

以上、女子相撲から紐解く女人禁制の歴史まとめでした。

酒瓶殴打事件に続き、最近は最近は相撲界の不祥事が目立ちますね。

今回の事件も、都合の良いように伝統を書き換え、女性を利用する相撲界の腐敗した姿が見えてくる事件です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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